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ようこそ浦河教会のホームページへ

日本キリスト教団浦河教会は、日高昆布と軽種馬(主に競走馬)育成で知られる浦河町にあります。

今年度標語
「ヤコブは次の朝早く起きて、枕にしていた石を取り、それを記念碑として立て、先端に油を注いで、その場所をベテル(神の家)と名付けた」(創世記28:18.19)

週報

・10月11日の週報はこちらで閲覧できます(PDF)

【先週の説教から】      「神とイエスはひとつ 」      箴言3:13-20 ヨハネ10:31-39

ユダヤ人たちは、石を手に取り、イエスを打ち殺そうとしました。イエスは言いました。「わたしは、…多くの善い業をあなたたちに示した。その中のどの業のために、石で打ち殺そうとするのか。」 ユダヤ人たちは、「善い業のことで、石で打ち殺すのではない。神を冒瀆したからだ。」(10:33)。彼らは、一見、イエスの数々の教えと病気のいやなど善いわざを、受け入れているかのように見えます。ただ、お前は『人間なのに、自分を神としている』のが許せないといいます。

イエスが、神を『わたしの父』と呼び、自分は『父から世に遣わされた者』となれば、イエスは父から遣わされた「父の子」となります。これまで再三、「父と子」「神とイエス」の関係を論争してきました。イエスの父が神であれば、イエスは父である神の子となります。ユダヤ人たちは、これを理解できません。それだけでなく受け入れられません。いや、絶対に許せません。なぜなら、それは「神を冒涜する」ことだからです。従って、イエスは「死罪=石で打ち殺さなければならない」のです(レビ24:16)。

ユダヤ人には、ただ一人の神=『ヤハウェ(主)なる神』、以外の神はありません。それ以外に、自分を神に等しいとする者は、すべて神の名を汚す者です。イエスがなされた善いわざは、単に神の不思議なわざでも奇跡でもありません。イエスの数かずの教えとわざ(奇跡)は、イエスは何者であるかをあらわす『しるし』です。イエスは「天の父から遣わされた『神の独り子』である」しるしです。

反対側のこの世から見れば、神は見えません。見えたら神ではなく、物質=もの=偶像です。わたしたちには見えない神が、世の人に見える(わかる)ように、遣わした者が、「人間イエス」です。ですから、この世は、人間であるイエスによってのみ神を知る(見る)ことができます。イエスのみが、神を示すことの出来るただひとりの人間です。ヨハネ福音書は、それを神の『独り子』と呼びます(ヨハネ1:14,18,3:16,18)。イエスは、神を冒涜する者ではなく、神を人間に見えるように示し、神がわかるように、神の働きを示しました。これは神のかぎりない愛をあらわしています。

イエスと神は一つです。「父がわたしの内におられ、わたしが父の内にいる」一人の神です(10:38)。この神と付き合い、この愛を歩むことがキリスト教信仰です。神の与える知恵です。「幸いな者とは知恵を見いだした人、英知にあずかった人。」(箴言3:13)。知恵は、銀、金、真珠、財宝にまさる、「命の木」であると、箴言は教えます。それが幸いなこと、救いです。

募金のお願い

わたしたちは、既存建築物を除去し、跡地に「新会堂と付属住居の新築」を決断しました

新会堂完成イメージ

44年前に建築し耐震基準に満たず、劣化のため多額の年間維持費を必要とする現在の建物を除去し、新会堂と付属住居の新築、納骨堂(地下)の新設を決議しました。どうかこの事業をお覚え下さり、お祈りとご支援をいただければうれしいです。

○ お振り込み先情報はこちら

○ 寄付者からの応援のメッセージはこちら

目標額:62,000,000円
寄付額:48,496,620円(2020年10月1日現在)

78%

集会案内

どなたでも参加出来ます、お気軽におこしください

日本キリスト教団浦河教会では、以下の日程にて定期的に礼拝・集会を行っています。

主日礼拝 毎週 日曜日 午後2時から
お茶の会 毎週 日曜日 主日礼拝後
聖書を読み
一緒に祈る
毎週 水曜日 午後7時から
その他 クリスマス礼拝
イースター礼拝
日高三教会合同礼拝
野外礼拝